和歌に詠まれた高砂

 古くから風光明媚な泊として、また松どころとして知られた高砂は、古今多くの歌人に愛され、和歌にも詠まれてきました。

稲日野も行き過ぎがてに思へれば
心恋しき可古の島見ゆ

(万葉集 柿本人麿)

誰をかも知る人にせむ高砂の
松も昔の友ならなくに

(古今集 藤原興風)

立渡る浦風いかに寒からむ
千鳥むれゐるゆふ崎の浦
(山家集 西行法師)

 以上はほんの一例です。曽根天満宮には古代から現代までの高砂や松にちなんだ和歌を刻した玉垣が奉納されています。

 

曽根天満宮

菅原道真公が自らの手で植えた

曽根の松も現在は6代目

山陽電鉄曽根駅下車3分

地図

写真 曽根天満宮

 

 菅原道真を祀る神社として知られる曽根天満宮。伝えによれば、延喜の頃(901)、讒言(ざんげん)によって九州太宰府に流される途中、日笠山に登って休んだ道真が、「我に罪なくば栄えよ」と足もとの小松を自ら手植えたのが後の「曽根の松」です。その後播磨に流された道真の四男淳茂が、この松のそばに父を祀ったのが曽根天満宮の始まりだといわれています。